失敗の時

今は、火曜日の夕方だが、外は雨降りで、先ほどまで、かなりの雨量で、昨日から関東は梅雨入りになった。午前中は明るい青空だったが、お昼頃から小雨がぽつりぽつりと降ってきた。ただ、今日の午後は、運転免許の更新講習だったので、車で約30分位の自動車教習所で、講習会に出かけ、今、無事に帰宅した。明日は時間がないので、この時間をブログに充てている。講習は試験ではないので、気は楽だが、車の実地指導があって、何事もなく、一時停止で注意をするようにと言われた程度で、2時間の講習は無事に終わった。帰宅して、家内と話をしたら、ブログなので詳細は書けないが、良い話ではなく、少し頭を抱えるような内容だった。ここが肝心な所で、人の世は、自分に都合の良い話題ばかりではなく、気に入らないこと、避けたいことは、必ず起きる、むしろ、その方が多いことが、普通だろう。そこを、どう生きるか、である。自分は、もう高齢だから、歯ぎしりするようなことは起きないが、若い人はこれからだから、人生の試練もやってくるだろう。仕方がないのだ、というより、その方が、後になってみると、良かった、と思えることが多いのだ。小さなことだが、今、自分が取り組んでいる研究などは、その通りで、これは完全に失敗だった、と思うことが、その向こう側に、きらりと光る宝石が見えてきて、本当は、ここに気付かせるために、あちこちと周り道をしたのか、と思うくらいである。だから、本当の姿は、その時は見えないのだ。研究では、その通りで、悲観することはないのだが、世の中で起きることは、様々で、ウーンと唸るようなことも起きる。その向こうに、光はあるのか、と思うだろうが、今、ベストセラーになっている老いの福袋を書いた樋口恵子さんも、同じような経験しているようで、あの時、落選したから、あの時、叩かれたから、と感謝している。人は、何事もない、平穏な日々を追い求め続けながらも、決してその通りに行かないことは、皇族の人達でも同じである。人の値打ちは、その対応の仕方で決まる。自分にも、なんとかしてしてやりたい、同僚や後輩や身内もいるが、どうにもならない、ただ、精一杯できることをするだけで、その向こうに、必ず光はある、と研究だけなら、自信を持って言える。自分を振り返ってみれば、レベルは低いが、樋口さんのような経験もしているので、後になってみれば、あれは奇跡か、と思うようなことが必ず起きる。ままならぬ世を嘆いている人も多いだろうが、決して気休めではなく、それがベストになる時がやってくる、と、自分にも言い聞かせながら、納得している。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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