夜更けの寝酒

忙しかった1週間が終わろうとしている。昨日で、オンライン審査の前半が終わった、ホッとしているのと、少し疲れたのと、2つが混じって、昨日はぐっすりと寝る予定が、何故か夜中に目が覚めてしまった。なかなか寝付かれない、えいままよ、と起きて、1階の居間に降りて、寝酒のウイスキーを出して、飲んだのだが、所在ないので、エアコンの暖かい空気に早く触れたくて、食卓からパソコンが置いてあるテーブルに移動して、シラスと漬物を魚にして、飲みながら、パソコンを開いたら、最近の演歌の動画が流れてきた。歌手名は知らないが、哀愁のある歌詞とメロディーに惹かれて聴いていると、真夜中のオンザロックと、良く似合う。そう言えば、若い頃は、夜更かしで、この時刻ではまだ起きて、本を読んだり、音楽を聴いたり、何かしていた、真夜中1時は、若者にとっては、まだ活動時刻だったような気がする。人並みに、異性を好きになり、そして別れ、苦い思いをし、空しい思いに駆られ、自己否定し、左翼系の本に感化され、と言っても、行動に移す勇気もなく、時の流れに沿って、生きてきたのか、と失恋の演歌を聞きながら、昔の自分に戻った。しかし、今こうして生きている、生活できている、その時は、不可能だとか、無理だとか、自暴自棄だと言いながら、過ぎてしまえば、なんとか乗り切ったではないか、心配することも、不安になることも、何も要らないのではないか、自己否定などの言葉が流行った頃、あれは、若者の甘えではなかったのか、世間を知らない、駄々っ子のようなものなのか、仕事に就けば、そんなことは吹き飛んでしまう。今でも、もう無理だと思っていた審査系の仕事も、なんとかこなしているではないか、むしろ何もない方が、寂しい人生なのだ。若い頃は、未熟さゆえに悩み、若さゆえに挑戦していく、そして挫折する、それで良いのだ、人生は計算通りいかないから、もがきながら年齢を重ねていき、知恵が付いてくる。暮れ早き部屋に布団を敷き終えて変わらぬ日々をふと淋しみぬ(白鳥蕗子)の句が新聞に在った。老いると言うことは、そういうことなのかもしれない。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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