昨日は、午前にオンライン打ち合わせ、午後は1時から5時までオンライン研究発表会があった。午前は、LINEみらい財団というと、あまり知られていないと思うが、まだ2年も経っていない団体だが、その関係の仕事の打ち合わせだが、面白い。いくつになっても、年齢に関係なく、新しいことは、どこか心が弾む、ということは、仕事や研究、いや、すべての活動は、新しいことに意味があるのではないか。新しいこと、それは研究の代名詞のようなもので、誰かがやったもの、既に分かっていることは、対象外で、常に新しいものに挑戦するので、面白いのだろう。昨日の午後は、教育テスト研究センター、英文の略称CRETであるが、その研究発表会があった。心理学と教育工学の分野であるが、それぞれが興味深く面白い。歳をとって、つまりベテランになってくると、およそ、題名で内容を予想して、発表を聞かない前に、こうだろう、などと判断する。しかし実際に聞くと、その予想と違うことがよくある。予断は油断である、と聞いたのは、オイルショックの頃だった、油が断つとは、前もって判断できなかったからである。研究発表でも同じで、最近はコロナ禍でオンラインなので、時間の調整がしやすく、研究や講演を聴くことが多くなったせいか、予断の怖さを感じている。歳をとればとるほど、なるほど、と教えてもらうことが多い。昨日は、心理学の先生方が、人はすべて同じはない、違うのだ、ということを、いろいろな面から、実験計画に基づいて、つまり根拠に基づいて結論を導いたので、強い説得力があって、なるほどと納得した。ほとんどの研究は、およその結果は予想できることが多いのだが、その結果が予想通りでも、そうでなくてもよいが、いかに納得できるかである。やっぱり、そうなんだ、なるほど、そうだな、と思うことが、生活や仕事や生きる上で価値が高い。それは、予断が油断でなくなるからで、なんだ、こんなことか、と思うのと、確かにそうだ、その通りだ、と納得することには、大きな差がある。人は、仕事や生活の中で、そうだ、大丈夫だと、自問しながら納得を求めているからである。