昨日は珍しく都心に出かけた。午後の時間いっぱいを使って審査の仕事をしたので、帰宅時間が遅くなり、ジョギングはできない。コロナ禍以前の生活スタイルは、これが普通で特別ではないが、どうもこれはまずい、と思うから不思議だ。お風呂上がりに、体重計で体重や脂肪などを測定するが、昨日と変わらない数値なのでアッと思った。数年前に、係りつけのお医者さんから、血液検査の結果が悪いからダイエットをしなさい、と言われ、食事を減らすのは嫌だったので、スポーツをするようになって、体重や体脂肪なども減少したので、それが習慣になった。同時に、運動すると、心身ともに健康になるのが嬉しかった、だから、運動=健康という方程式が脳に刷り込まれていて、運動しない=不健康という逆の式も成り立つので、体重計に乗って数値が変わらないので、アッと思ったのである。そんなに急に数値が変わる訳がないだろう、と思うが、そこが、この方程式の頑固な性格なのである。方程式と書いたが、メンタルモデルの比喩である。都心での審査の内容はブログでは書けないが、実は、メンタルモデルのギャップを強く感じた。審査する側とされる側で、丁々発止の議論や食い違いが生じる主な理由は、どうもこのメンタルモデルの違いにあるらしい、と気が付いた。職業も専門も履歴も違えば、脳に刷り込まれている方程式も違うだろう。発言の食い違いがあって当然だろう、と思えば、別に審査でなくても、日常生活でも学校でも家庭でも食い違いが起きるのが当然で、それを食い違いとかすれ違いとかギャップと呼ぶのか、個性と呼ぶのか、によって正反対の響きになる。これも、メンタルモデルの違いだろう。