電車に乗る

9月に入ると、市内にも都心へも出かけることが多くなった。週に2回程度だが、やはり対面でないとオンラインでは済まないことがあるからだ。昨日も都心に出かけたが、物理的な体の運動はないが、電車に乗ったり人と話をすることだけで疲れるのは、誰も経験しているだろう。気が疲れる、と人は言うが、気だけでなく身体的にも疲れる、ということは、どういうことだろう。人が外界と接している状態を電子顕微鏡で見れば、分子が出入りしているので、疲れるのは、外に出る分子と外から入る分子によって、疲れる状態が異なるということだろう。私たちの体は、常に外界と分子レベルで交流しているので、外界が変化すれば、当然ながら体内の状態も、その影響を受けるだろう。空気の悪い部屋に長くいれば、体内に入ってくる分子が物理的に異なるので、当たり前だが体には良くない。同じように、気を遣う人とか、難しい交渉とか、何か脳や体内の部位から発する分泌物が異なる場合には、外界から入ってくる分子との相互作用が違ってくるので、当然ながら影響を受けるだろう。あまり意味のないことを考えたが、電車に乗ることの楽しみもある。昨日は、自宅ではなかなか小説など読む余裕がないが、電車の中ならば、気持ちがリラックスして文庫本を開ける。読むと面白いので、体内から楽しいホルモンか何かが出ているのかもしれない。しかし、このような楽しい時間だけでなく、難しい話の終わった後の解放感は、小説を読むよりも、もっと快感があるのは、何故だろう。いつまでたっても謎ばかりだが、それが生きている証拠のような気がする。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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